犬の手も借りたい

私なりの意見や考えを周りの人から意見していただきたいです

好きな色は自然の色

今週のお題「わたしの好きな色」

 

生まれは田舎だったからそうなのかもしれないけれど自然に囲まれた環境だったから

自然の色が好き

自然の色といっても伝えづらいんですが

 

簡単に言うと季節によって変化する「葉」の色です。

特別好きな植物があるわけではありませんが、季節によって変わる風景が好きです。

 

春にも夏にも秋にも冬にも

 

それぞれの良い色があります。近くで見る時と遠くから見る時で全体の色合いも変わり、天気によって光の当たり方によって朝昼夕夜によってすべてが変わる美しい世界。

 

守っていきたい色です。

辛いとき疲れた時ふと見る自然には生命を感じます。光合成をし呼吸をし命を感じます。

父親に必要なあれとそれ

今週のお題「おとうさん」

 

皆さんはお父さんキャラで好きなキャラクターいますか?

私はつい先日連載終了を発表した

食戟のソーマ」主人公創真の父親 幸平城一郎

が好きです。

子供を育てるタイプの人ではないかもしれませんが、創真のことを理解し道を教えてくれる。そしてただ教えることはなく、何気ない言動が教育になっている感じがかっこいいです。それに語るのは皿の上で。。。かっこいい!

 

もう一人いるのですが

鋼の錬金術師」主人公のエドとアルの父親 ホーエンハイム

正直ネタバレはしたくないのであまり語れない重要キャラです。ただ登場初期のイメージは不思議で少し嫌な奴のイメージでした。終盤から好きな人は好きになり嫌いな人は嫌いになるクセのあるキャラクターです。

 

どちらもマンガアニメとしてストーリーがあるうえで好きなキャラなので実際いたら嫌いなタイプかもしれないです。

それでも作者さん方は魅力なキャラにしてくれるので本当にすごいです。

これからの作品が楽しみです。

ぼくにはよくわからないよ

この世に生まれてまだ数年の僕にはどうしてもわからない

 

言葉もよくわからない。どうしていつもこの二人は僕を叩くの?

まだしゃべられないけれど痛いのはわかるんだ

 

僕だって生きているのにひどいことするなら生まないでよ

本当は知っているんだ

お前たちが僕の親で僕にひどいことしてること

 

身体にやけどもある。傷もある。どれもイタイ

 

けど

 

本当にいたいのはそんなところじゃないんだ

どうして助けてくれなかったの

 

助けてほしかった

こんな思いするなら生まれたくなかった

 

もうおわったんだ全部

北海道には梅雨がないけれど

今週のお題「雨の日の楽しみ方」

※梅雨の経験はありません

子供のころの雨の日の楽しみ方は好きながらの傘やカッパや長靴を使うこと自体が楽しみででした。

大人になるにつれ外で遊ぶことより部屋で読書なんかが好きになったので雨を口実に外出しないで遊ぶことを覚えました。

そんなある日から雨音が心地よく感じるようになり、脳内でとあるシーンが流れるようになりました。

帰り道に雨が降っていても思い出します。

それが

アニメ『けいおん!!(第2期)』より 6話「梅雨!」

梅雨でどこかテンションの低い主人公の妹に対して主人公が雨の日の良さを語りそしてギターを弾きながら童謡の「あめふり」をうたったシーン

 

このシーンをぜひ見ていただきたいです。

萌え要素もある日常アニメなので苦手な方もいるかもしれませんが、観てみたい方は「けいおん!」おすすめなのでぜひ!

それこそ梅雨の日は自宅でアニメ鑑賞もいいですね。

雨の音はほど良ければほど良く、激しければ激しい

なんとも単純でまっすぐな音だと思いませんか?

音のない信号

それは いつも 音が出ているわけではない

 

はじめはきっと我慢していただろう。

いつか・・・いつの間にか・・・勝手に終わってくれると思っていた。

 

なのに終わることはなかった。

嫌だと反抗しても終わることはなかった。

 

ある瞬間、垣間見えた世界に絶望した。

そこには誰も助ける気などなく、仲間なんて生き物はいなかった。

 

そこから私は声を音を出すことはなかった。

ただいつも訴えている。

 

この音のない世界で私は助けを待っている。静かにただひたすら傷つけられながら。

誰が誰に誰がため

今週のお題面白そうなのでまじめに考えてみました。

「迷い」「決断」

人はどんな小さなことから大きなことまで考えてから決定すると思います。時には瞬間的に無意識的にしてしまう事もあるかもしれません。

 

そもそもどうして迷うのか。それはその人にとって大切なことだとわかっているから迷うのだと思っています。

「適当に決めるわけにはいけない」そういった思考が決断を遅くして迷いが生まれています。

考える時に誰かに相談することもあると思います。これは良い事です。自分とは違った考え方・別の角度から考えてくれることがあります。

しかしこれには落とし穴があります。人の意見の方が優れているように感じ決断してしまったとき、後で「言い訳」することができてしまうという事です。

 

そこで「決断」の重たさです。どれだけ誰かと迷ったとしても最後の決断は「誰」でもない自分自身であるという事です。

進路の決断の時に周りに流され、将来後悔する人を見てきました。決断は早かろうが遅かろうがその後の頑張り次第で失敗か成功か変わるものだと思っています。

それがゆえに「迷い」も「決断」もそれなりでいいんです。考えて決めることができたならそのあとの頑張りはそれ以上出るはずです。

 

最後にまとめますと「迷い」と「決断」のさらに向こうがどれだけ大切でどれだけ変わるのか。

 

自分の人生は誰のもの?

じこわじこのどっち

事故にも種類がある。

交通事故、天候的事故、爆発事故、火災事故、放送事故等々調べるといくつも出てくる。

本来、人の命はいつ終わりを迎えるのか。正確な時間的表現はできないが、人の命が終わるときは死ぬ瞬間である。

 

寿命を迎えることが美しい死に方のひとつであるが、事故に美しさは全くない。

 

切なさ、儚さ、むなしさ

 

命を奪ってしまうような事故を起こしてしまった場合、責任の取りようがありません。命に代わるものはなく、守るものを奪う意味はありません。

 

事故は自己

あなたは守る側?それとも、、、